Mie Prefectural Yokkaichi Commercial High School
学校概要
学校長挨拶
令和8年4月、三重県立四日市商業高等学校の第39代校長に着任した藤枝和佳子と申します。これからどうぞよろしくお願います。
本校に赴任して、改めてとても活気のある学校だと感じています。生徒はみな、とても気持ちの良い挨拶をしてくれますし、溌溂としていて、私も自然に背筋が伸びます。
さて、本校は今年度創立130周年を迎える大変歴史ある学校です。また卒業生の多くが、地元四日市市の経済を支えてくださっており、地域に愛され、地域から必要とされる高校となっています。このため、専門科目「商業」の授業では、教室の中の学びにとどまらず、地元の和菓子屋さんに協力をいただいて商品の開発を行ったり、商店街の各お店と連携して集客に向けたアイデアを実践するなど、実際の店舗や事業所の方々と関わりながらビジネスを学んでいます。このように、地域の皆様の協力を得ながら、質の高い学びの機会を得られるのは、本校の大きな強みでもあります。
もう一つの強みは、進路の多様さです。本校においては、就職する生徒と進学する生徒の割合がおよそ半々であり、ビジネスの基本を学んだうえで、地域産業の担い手として働くことを希望する生徒もいれば、更に学びを深めるため進学を志す生徒もいます。自分の進みたい道を自分で選んで挑戦できることも、本校の強みの一つです。
しかしながら、生成AIをはじめとするデジタル技術の急速な進展により、将来的には多くの事務仕事がAIに淘汰されるのではないかとも言われています。そんな中、文部科学省は、今後加速するデジタル社会を支えるDX人材を高校段階から育てることを目的に、「高等学校DX加速化推進事業」を実施しており、本校も今年度から採択を受けて取り組んでいくところです。
産業の最終局面には必ず商業活動があり、商業はあらゆる産業の土台になるものです。生徒が主体的にビジネスを学ぶ力や、ビジネスを創れる力を育み、本校のめざす姿である「地域と連携しながら、地域に必要とされる人材を輩出できる学校」であり続けるため、先生方とともにチャレンジしていきたいと思っています。
令和8年5月吉日
四日市商業高等学校 校長 藤枝 和佳子
沿革
校訓「至誠」
「至誠」は、幕末の吉田松陰が「松下村塾」で高杉晋作や桂小五郎、伊藤博文に、「至誠を貫きなさい!普段やらなければいけないことを、真剣に誠意をもって行いなさい」と教え、好んで用いた言葉です。「至誠にして動かざる者は、未だ之有らざるなり」「誠を尽くして人に接すれば、心を動かさないものはこの世にない。まごころを十分に発揮しようと思い努力することこそが人の道である」と。出典は『孟子(離婁章句上 十二)』。「誠身有道、不明乎善、不誠其身矣、是故誠者、天之道也、思誠者、人之道也、至誠而不動者、未之有也、不誠、未有能動者也。」「まごころ」をもってことにあたれば、人は必ず動いてくれます。1921年(大正10年 創立25周年)に「至誠の鐘」が同窓会から寄贈されたことを考えると開学当初からの校訓であることが伺われます。
基本理念
【めざす学校像】校訓である「至誠」の精神のもと、商業教育・普通教育を通じて知・徳・体の健全な成長を促し、地域と連携しながら、地域に必要とされる人材を輩出できる学校
校章の由来
真中に位置する羽のついた「杖」は、ギリシャ神話の中に「商業の神」として登場しているヘルメスの象徴です。「羽」がついているのは、その時代一番速いとされていた鳥を表わし、「迅速」を意味し、「YC」は、四日市商業。まとわりつく二匹の「蛇」は、「利口さ」を表わします。商業というのは、「迅速さを持ち、利口さがなければなら」ず、ヘルメスの杖は「物に触れるとなんでも黄金になる」という事から、商業が営利を目的にしていることを表わしています。
泗商の「泗」
本校の略称は「泗商」と書きます。校歌にも「泗水の空に」と「泗」の漢字が用いられています。本校は、「四日市町南町(現在の中部・西新地・諏訪の一部)」に開校されました。西には鈴鹿山脈が連なり、これを源に南に三滝川、北に海蔵川が東の伊勢湾に注ぎ、それらが学校を囲む地形でした。中国で孔子が塾を開いた「泗水の地」と似通っていたためか、明治の先輩たちが「泗水の地」に初めて創立された学校を「泗水の商業学校」=「泗商」と称し、「泗」の漢字を使ったのではないかと推察しています。藤本幸太郎先生を讃える銅像
翁は明治十一年福井県に生まれ、後四日市市に在住。四日市商業学校第一回の卒業生で後東京高等商業学校を卒業し、明治四十三年同校の教授に任ぜられ英独両国に留学。我国最初の商学博士の学位を受けた後、東京商科大学(現一橋大学)名誉教授となり昭和四十二年六月東京都中野において永眠されました。勲二等旭日重光章の栄誉に浴し、保険並びに統計学の泰斗で特に、海上保険は我国最高権威で、まさに泗商のシンボルです。