第117回 卒業証書授与式(平成28年3月1日(火))
吹奏楽部演奏 卒業証書授与
校長告諭 在校生総代送辞
卒業生総代答辞 閉式の辞
会場全体 3学年団挨拶

【平成27年度 三重県立四日市商業高等学校卒業式 校長告諭】

 本日は天候的には大変厳しい一日となりました。その足元の悪い中、本校第117回卒業証書授与式を多数のご来賓の皆様や保護者の皆様のご臨席のもとで行わせていただけることは、この上ない喜びでございます。ご来賓の皆様にはご多用中にもかかわらずご出席いただきまして誠にありがとうございます。高い席からではございますが、深く御礼申し上げます。また、保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業誠におめでとうございます。3年間、学校からもいろいろとお願いごとなどもさせていただきました。また、本日はこのような天候の中駐車場から歩いていただくこととなり申し訳ございませんでした。これまで本校教育活動にお寄せいただいたご理解とご支援に厚く御礼申し上げます。
 さて、卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。入学から約3年の月日が流れました。中学校を卒業し、フレッシュな気持ちで満開の桜に迎えられた入学当時の自分の姿を覚えていますか。そして今の皆さんの姿と比較してみるとどうでしょうか。泗商での高校生活がどのように皆さんを育んだのでしょうか。昨日の表彰式で皆勤賞67名、商業関係で約130名、クラブ活動で全国大会で活躍した約70名を表彰しました。皆さんが3年間頑張ってきた成果の一端がこの素晴らしい数字に現れています。もちろん楽しいことばかりでなく苦労もたくさんあったはずです。中学校まではなかった簿記等の商業専門科目の学習、しんどかった検定の勉強、へとへとになるまで頑張ったクラブ活動、また、友達との人間関係でも悩むことも多かったのではないでしょうか。しかし、むしろその苦労した数だけ皆さんは成長を遂げてきたのではないかと思います。泗商での高校生活が今後の人生に大きく貢献するものだと私は確信しています。
 さて,本校を巣立つ皆さんには,次代を担っていく責任ある大人や主権者として期待したいこと、一方で1人の人間としてよき隣人として期待したいことがあります。
 今年度私も何度となく皆さんに伝えてきたように昨年6月に公職選挙法が改正され,選挙年齢が18歳に引き下げられました。皆さんは全員これから実施される選挙で一票を投ずることになります。国の進むべき方向や施策に対して皆さんも意思表示をしていくわけですから,誰かが決めてくれるだろうではなく,主体的に判断を下さねばならなくなります。政治などと言うと何か遠いことのように感ずるかもしれませんが,政治は安保法案のような国の形に関わることはもとより、私たちの生活に直接関係することも決めているのです。例えば、消費税です。消費税は1%上げると約2兆円の収入増となるのだそうです。この消費税は日本では平成元年に導入されました。当時の税率は3%でした。平成9年に5%、そして平成26年に8%になり現在に至っています。この消費税は来年の4月1日に10%になる予定ですが、知っていますか。ただし、少し景気状況にも翳りが見えてきていることもあり,そのことも今後国会等で論議されていくことになるのだと思います。
 誰に投票するのか、何を基準に考えるのかはそれほど単純なことではなく、まだまだ皆さん分からないことも多いと思います。社会人にとっては正しい判断力というのはとても大切ですが、正しい判断を下すためにはそれなりに、知識や情報が必要です。国や県の家計簿である予算はいくらぐらいで、どういう状況なのか。伊勢志摩サミットもあと3か月を切りましたが、サミットとは何ですか。また、サミット参加のG7とはどの7か国でしょうか。またTPPとは何でしょうか。ひょっとしたらかなりの部分まだ知らない人もいるかもしれません。これまでのことは変えられませんが、今後は皆さん次第です。無関心だけは是非やめてもらいたい。責任の放棄はもとより、無関心というのは以外と罪が重いものです。マザーテレサが愛の反対は憎しみでなく無関心だといったほどです。幸い、皆さんは何物にもかえ難い宝物を持っています。それは残された時間です。その宝物を是非積極的に有効に活用し、責任ある大人になってもらいたいと願います。
 そういう政治や選挙という大きくて堅い課題とは別に,本校の卒業生として周囲の人を大切にし、また大切にしてもらえる人になってもらいたいとも強く願います。これから社会へ出ていくと今まで環境も変わり、いろいろつまずくこともあるかと思います。先ほども言いましたがその苦労の数だけ成長するのだと思ってあきらめずに粘り強く生きてください。
 皆さんに、ある一人の女性の話を紹介します。彼女はなかなか何をしても続かない人でした。田舎から東京の大学に出てきました。サークル等にも入るのですが、すぐにいやになって次々と所属を変えてしまう人でした。そんな彼女にもやがて就職の時期がきました。最初彼女は製造系の企業に就職しますが、続きません。3か月もしないうちに上司と衝突しあっという間にやめてしまいました。次に選んだのは物流の会社です。しかし、自分が予想した仕事と違うという理由で半年でやめてしまいます。次は医療事務の仕事に就くのですが、「やはりこれも違う」とやめてしまいました。そうこうしているうちに、彼女の履歴書には入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。するとなかなか正社員で雇ってくれる会社もなくなってきました。だからと言って生活のために働かないわけにもいきません。田舎の両親は早く帰ってこいと言ってくれます。しかし、負け犬のように帰りたくありません。結局彼女は派遣会社に登録しました。ところが派遣もなかなか勤まりません。すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし嫌なことがあるとその仕事をやめてしまうのです。また彼女の履歴書にはやめた派遣先のリストが長々と追加されてきました。
 ある日のことです。例によって「自分には合わない」と言って派遣先をやめてしまった彼女に新しい仕事先の紹介がきました。スーパーでレジを打つ仕事でした。当時のレジスターは今のように読み取りセンサーがあるものではなく、値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。ところが、一週間もすると彼女はレジ打ちにあきてしまいました。「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考え始めたのです。とはいえ、今まで散々転職を繰り返してきて我慢のきかない自分が彼女自身も嫌になっていました。もっと頑張らねば、もっと耐えなければということは本人もわかっていたのです。しかし、どう頑張ってもなぜか続かないのです。この時、とりあえず彼女は辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。するとそこへお母さんから電話がかかってきました。「帰っておいでよ」。受話器の向こうからお母さんの優しい声が聞こえてきました。これで迷いが吹っ切れました。彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表をだし、田舎へ帰るつもりで部屋を片付け始めたのです。あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しから一冊のノートが出てきました。小さい頃に書き綴った大切な日記で、なくなってさがしていたものでした。ぱらぱらとめくっていくと「私はピアニストになりたい」と書かれたページを発見しました。彼女の高校時代の夢です。「そうだ、あの頃ピアニストになりたくて練習を頑張ってたんだ」。彼女は思い出しました。なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。しかし、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。彼女は「夢を追いかけていた自分」を思い出し日記を見つめたまま自分のことが情けなくなりました。「あんなに希望に燃えてた自分が今はどうだろうか。履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。自分が悪いのは分かっているけど、なんて情けない。そしてまた今の仕事から逃げようとしている」。彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんに「もう少しここで頑張る」と電話したのです。用意していた辞表を破り、翌日も単調なレジ打ちの仕事をするためにスーパーへ出勤しました。
 せめて2,3日と頑張っていた彼女にふとある考えが浮かびます。「昔ピアノの練習中に間違えたところを何度も練習していたらどの鍵盤がどこにあるか指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」。昔を思い出して「私流にレジ打ちを極めてみよう」と心を決めました。レジには商品ごとに打つボタンがたくさんあるので、その配置を叩き込むことにしました。覚えたらあとは打つ練習です。ピアノを弾くような気持ちでレジ打ち始めました。そして数日のうちにものすごいスピードでレジが打てるようになりました。すると不思議なことにこれまでレジのボタンだけみていた彼女が他のところへ目が行くようになったのです。最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。「このお客さん昨日も来てたな」とか「このくらいの時間に子連れでくるんだ」とかいろんなことが見えるようになりました。それは彼女のひそかな楽しみになりました。そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんお行動パターンやくせに気づくようになったのです。「この人は安売りのものを中心に買う」とか「この人はいつも店がしまる直前に来る」とかが分かるのです。そんなある日いつも期限切れ間近の安いものばかり買うおばあちゃんが、5000円もする立派な鯛の尾頭付きをかごに入れてレジへ来たのです。びっくりして思わず話しかけます「今日は何かいいことがあったのですか?」。おばあちゃんはにっこり顔を向けて言いました。「孫がね、水泳の賞をとったんだよ。今日はそのお祝い。いいだろ、この鯛」と話すのです。「いいですね。おめでとうございます」嬉しくなった彼女の口から自然に祝福の言葉が飛び出しました。お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのはこれがきっかけでした。
 いつしか彼女はレジにくるお客さんの顔をすっかり覚え、名前まで一致するようになりました。「○○さん、今日はこのチョコですか。でも今日はあちらにもっと安いのが出てますよ」「今日はマグロよりカツオの方がいいわよ」など言ってあげるようになったのです。レジに並んでいたお客さんも応えます。「いいこと言ってくれたわ。換えてくるわ」そう言ってコミュニケーションを取り始めたのです。彼女はこの仕事が楽しくなってきました。そんなある日のことでした。「今日はすごく忙しい」と思いながら彼女はいつも通りレジを打っていました。すると店内放送が響きました。「本日は大変混み合いまして申し訳ございません。どうぞ空いているレジへお回りください」 ところがわずかな間をおいてまた店内放送が入ります「本日は混み合いまして大変申し訳ございません。重ねて申しますが、どうぞ空いているレジの方へお回りください」 そして3回目、同じ放送が聞こえてきました。おかしいなと思い周りを見渡して驚きました。どうしたことか、5つのレジが全部空いており、お客さんは自分のレジにしか並んでいないのです。店長が駆け寄ってきて、お客さんに「どうぞあちらのレジへお回りください」と言ったその時です。お客さんは店長に言いました。「放っておいてちょうだい。私はここへ買い物だけに来ているのじゃない。あの人としゃべりにきているんだ。だからこのレジじゃないとだめなの」と。ほかのお客さんも店長に言いました「特売はほかのスーパーでもやってるけど、私はこのおねえさんと話をするためにここへきているんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ」 彼女はポロポロと泣き崩れたままレジを打つことができませんでした。仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。すでに彼女は昔の彼女ではなくたっていたのです。それから彼女はレジの主任になって新人教育に携わり、仕事の素晴らしさを伝え続けたということです。
 この話にはいろいろと気づかされることがあります。皆さんは一人ひとり、様々な進路をすすみ、様々な職業へついていくことでしょう。世の中は情報化やグローバル化等で大きく変動しています。複雑化する社会の中、仕事や生活の形も正に多様になってきており不透明な部分も多くなっています。でもそういう時代だからこそ、素朴な人とのつながりやコミュニケーション、正直であることを、そして本校校訓である「至誠」を大切にしてもらいたい。昨日式の予行演習で卒業証書授与の練習をしてる時、総代の生徒に「おめでとう」と言って渡した時に小さな声で、でもしっかり私に伝わる声で「ありがとうございます」と笑顔で受け取ってくれました。式次第やシナリオにはもちろんない台詞です。決まっているからではなく、こういう風に素直な気持ちでありがとうと言える人でいてもらいたいと思います。そして今日は人生で大きな節目の日です。その感謝の気持ちを今まで皆さんを見守り育ててくれたご家族に伝えてあげてもらいたいなと思います。
 さあ、旅立ちの時です。今日の歌う「旅立ちの日に」の中にもあるように、勇気を翼にこめて広い大空に力強くはばたいてください。皆さんに幸多かれと祈り、これをもちまして告諭といたします。
 第35代校長 鳥井 誠司
平成28年3月1日